第168章 緒
風呂から上がって広間に戻る。
「――――ナナ、空いたぞ。」
ナナもハルも、慌てて鼻をすすって涙を拭う素振りを見せた。
「っ、はい……。」
エルヴィンの話をしていたのだろう。
この家の問題をナナが解決しようとした時にも側で支えていたのはエルヴィンだ。オーウェンズにとっても、エルヴィンはなくてはならない存在になっていたはずだ。
――――そしてロイも、エルヴィンを慕っているようだった。
本当にあいつの人心掌握術はとんでもねぇな、と思いつつ……それもこれも、ナナを愛していたからできた事だろうと小さく息を吐く。
ナナが薄い笑みを作って、風呂に入ってくるとその場を去った。
「――――リヴァイ様は、紅茶、でしたね。すぐお淹れします。」
「………ああ、気を使わなくていい……。」
ハルが部屋を去って数分後、ポットに入った紅茶を持って来た。
「どうぞ。」
「………ありがとう。」
光るほど磨かれた、白地に紺色の繊細な装飾が施された趣味の良いカップから立ち上る香りは、ワーナーの家で初めて飲んだ紅茶と同じ香りだ。
俺が紅茶に口をつけ始めてからも、ハルは少し離れたところに佇んだまま……何かを言いたげだ。
「――――どうした?何か俺に言いたいことがあるんじゃないのか?」
「………!あ、あの……。」
「なんだ。」
「新聞で読んだのですが……我々が“ユミルの民”であり、この壁の外の世界が、我々の死滅を望んでいるというのは、本当……なのでしょうか……?」
「――――この目で確かめたわけじゃない。だが、外の世界の奴の遺した記憶と、これまでの出来事や発言を総合して考えればまず、間違いない。」
「……………。」
ハルは俯いて、小さくぶる、と震えた。
そりゃそうだろう。
これまでの平和な生活から一変、いつ根絶やしにされるかわからないと言われたら普通そうなる。
親兄弟、家族のことも気がかりだろう。
……まぁハルにとっては、ナナとロイが全てなのかもしれないが。