第168章 緒
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兵舎の風呂は汚ねぇ野郎共が共同で使ってるからな、俺は湯船には浸からねぇんだが。
久しぶりにたっぷりの湯に浸かって、今日の事を思い返す。
俺が付けたナナの首の痣はどうなってるんだろうか。
包帯を取りたがらなかった……ボルツマンに見せなかったのは、それなりにまだ酷い状態なんじゃねぇかと思う。
――――ナナがエルヴィンを失って乱れたことで、あんなにも自分まで乱れるとは正直……思っていなかった。ナナが感情の許容範囲を超えると過呼吸を起こすのと同じように、俺も許容範囲を超えると……いつもそうだ、ナナに暴力的な当たり方をして傷付けている。
これまでに何度もあった。
――――地下街の頃の……なんでもねじ伏せて力で解決しようとする俺が出て来る。
その度にナナは受け止めて傷を負っていく。
ロイのことでナナが乱れた時も……
エルヴィンに揺らぐ心をナナがどうにもできずにいたあの時も……
アリシアの死にナナが乱れた、あの時も。
そういえばあの時……エルヴィンが俺の部屋からナナを連れ戻してから、おそらく凌辱とも言える酷い抱き方をしたんだろう。
あの時俺は……引き裂かれたシャツと、エルヴィンがつけたナナの身体中の噛み跡と痣を見て……驚いたと同時に、心のどこかで安堵したんだ。
――――あいつでさえ、あのエルヴィンでさえ、ナナに酷い仕打ちをした。
変わらねぇじゃねぇか、俺も……あいつも。
……誰にだって見せねえだけで、昏く淀んだ部分はある。
エルヴィンにももちろんあった。
だがそれ以上に、あいつがナナに与えたかけがえのない幸せな時間も、あいつが強く育てたナナの側面も確かにあって………
だからこそナナのエルヴィンを失った悲しみは何よりも深い。