第167章 Love Letter
自室に入って、ベッドにぽす、と身体を預ける。
当たり前だけど、そこにエルヴィンの香りはしない。
――――寂しい。
そう思って、ふと机の上の赤茶色の背表紙の本を手に取る。
ぱら、とページを開く、その音すら懐かしい。この固めでごわごわした紙が一定のリズムでぱら、とめくられる音が心地よくて、あの日不安が渦巻いていた中でも、私は眠れたんだ。
眠れるかもしれない、そう思って表紙からその本を開いてみる。
私はすぐに夢中になった。
様々な実験の結果確証された“事実”が並んでいる医学書とは全く違う、“物事の捉え方”を様々な視点で養える本。
“物事の真理”を、自分の頭で考えるためのヒントが詰まってる。
――――あぁそうか、少なからずエルヴィンの思考はこの本に影響されている。
きっと何度も何度も読んだ愛読書なんだ。
――――その本の中にエルヴィンを見つけたくて、夢中で読み進める。
“思考とは、これまで賛美されてきた論理までも疑う対象であると認識した時に初めて、始まる。”
その一文を指でなぞってみる。
――――王政に疑念を抱いたのも、外の世界に想いを馳せたのも……もしかしたらこの一言が、大きくエルヴィンの考え方の一端になっていたかもしれない。
そんなエルヴィンの思考の欠片を、多大な文字の羅列の中から探し出すのは楽しかった。
エルヴィンがその考え方に、その一文に出会った時、何を思ったのか。
それを想像して、空想にふける。
「――――難しい……、でも、楽しいね……、エルヴィン。」
もっともっと、私の外の世界の話だけじゃなく……エルヴィンという人を形成するに関わったことを、もっとたくさん聞けば良かった。
もう、叶わないけれど……でもこうやって探し出す。
あなたの中にあったものを少しでも……私の中に、残していきたいから。