第166章 躊躇
2時間くらい、経っただろうか。もう日も暮れかかっている。
おおよその整理が終わって、私はずっと避けていた、ベッドとサイドテーブルに目を向けた。
サッと片付けてしまえばそれまでなのに、どうしても手を付けることを躊躇った。
――――最後の夜を共に過ごした、その場所を……片付けてしまうことが、エルヴィンとの日々を封じてしまうようで、怖い。
でも片付けないわけにもいかない。
シーツが乱れたベッドに少しだけ、腰かける。
少しふらつく……早く、病院に行かなきゃ………。そう思いながら身体を横たえる。枕に頭を預けると――――……エルヴィンの、いつもの匂いがする。
あなたの香りが香水だけの香りなら良かったのに。
その香水さえあれば、いつまでもあなたを思い出せる。
毎夜、こうして香水の香りのする枕を抱いて、そのシーツに包まってなら、寒くて凍えそうな夜だって越せるかもしれない。
――――でも駄目なの。
香水だけじゃない、エルヴィンの首筋に顔を埋めた時の、彼にしかない香りが今もこのベッドには、残ってる。
「――――小さい頃の、ロイの気持ちが……今なら、わかる………。」
愛しい人を抱くようにその香りのする枕を抱き締めて、ここにいて、側にいてって心の中で呼ぶんだ、何度も何度も。
そうして眠りにつけば、また夢の中で会えるかもしれない。
――――泣きわめいたりはしない。
けれどどうやっても枯れない涙は、頬を伝い続けている。
いつの間に………こんなに愛してしまったんだろう。
こんなに、かけがえのない存在になっていたんだろう。