第166章 躊躇
会議を終えてから、私はある部屋の扉の前で……佇んでいた。
――――……エルヴィン団長が使っていた部屋。
ノックしても……もう返事はない。
――――開けても、そこに彼の姿はない。
もうここに………戻って来ることも………。
息は吸えているはずなのに、脳に酸素が回っていないみたいに……頭の中にも、視界にも靄がかかる。
なんとかもう一度深呼吸をして、扉を開ける。
その扉の先には……あの日のままの――――……、シーツが乱れたままのベッドと2つのワイングラス。
ワインは私が好む甘めの……赤ワイン。
エルヴィンは元々辛口のワインが好きだったはずなのに、私のせいで……ここ最近彼が買うワインは、甘口ばかりだった。
空き瓶を手にとって――――酒屋でこれを手に取った時のエルヴィンを想像してみる。
『――――ナナが好きそうだな。』
そう、思って………僅かに口元を緩めたでしょう?
あなたはいつも、私の事を考えているから。
――――己惚れかな。
でも、そう思わせて。
手に持った瓶のラベルに、ぽた、と滴が垂れて――――……ラベルが滲む。
その瓶を置いて、なんとか自分を奮い立たせる。
感傷に浸る前に、仕事をしなくちゃいけない。
明後日には、定期診察で王都に帰る。
その前に一度、この部屋はちゃんと整理しておかないと。今後の兵団指揮に必要な書類はより分けて、ハンジ団長へ引き継ぐ。
――――私物は私が整理して………私が持っていていいものは、残しておきたい。そして……マリアさんへいつか返すべきものも。
団長補佐ナナ・オーウェンズとしての仮面を被りなおして、涙を封じて、黙々と……本棚や机にあるものの整理を始めた。