第166章 躊躇
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俺が見た父さんの記憶に鮮明に存在していたエレン・クルーガーは……どんな思いで生きて来たのか……想像するに耐えなかった。
俺はあの記憶を見てから目覚めた時、エレン・クルーガーのことを思い出して戦慄さえした。
彼は……“エルディアを守る”という確固たる目的を叶えるために……その日まで敵地に身をひそめ続けるために、同じ志を持つ同胞を拷問し、処刑し……楽園に送り続けた。
――――普通ならば、精神が崩壊したり分裂してもおかしくない。
現にそうやって二つの顔を持ち続けた男が、混同して錯乱し始めた様子を俺は見ていたから。
………ライナー。
お前も似たようなものだったんだろう。
マーレで託された自分の使命を……国や大切な家族からの期待を一身に受けて、俺達を悪魔だと信じきって―――――……おそらくここに、来たんだ。
だが兵士として俺達パラディ島の人間と深く関わり過ぎてしまった。“兵士・ライナー”として……敵地の人間と交流を持ち時間を共有しすぎて……しまった。
あいつの苦しそうな表情は、声は……今でも俺の記憶に、残ってる。
エレン・クルーガーはそういう意味では強靭な精神力を持った人間だったと言える。
強く、非情で、目的を達するためには一切の犠牲も手段も厭わない怖い男。
そいつの記憶や思考が――――……少なからず俺にも影響しているんじゃないかとも思う。
……でも……なぜだか、嫌いにはなれないんだ。
父さんが見た――――……夕日を背に、どこか悲しく憂いた目をした、もう一人のエレンのことを。