第163章 相殺
―――――――――――――――――――
私の唇をガリ、と噛んで滲んだ血が、リヴァイさんの唇にもついていて。
それを――――私を見下ろしながらぺろりと舐めた。
いつもよりも深く昏い瞳と、何かに苛まれているのであろう、どこか苦しそうに皺を寄せられた眉間。
ぎり、と奥歯を噛みしめながら、何かと葛藤しているようだった。手首を押さえつける手は力強くて、どうやっても敵わないと思い知る。
また追いつめたんだ、私は。
大切な人を。
私がエルヴィンを失ったことで悲しみに暮れるのは――――……リヴァイさんを責めていることと、同じだ。
決してそんなつもりはなくても、リヴァイさんはそう感じるだろう。
――――そして、アルミンも。
アルミンが生きてくれていて、嬉しい。
けれど私の中のエルヴィンの存在は大きすぎて……。失った悲しみを上手に隠すことが……私には出来なかった……。
本当にごめんなさい。
弱くてごめんなさい。
でもようやく少しだけ、考えることができるようになってきた。
エルヴィンが死をも覚悟して提示した作戦だ。
彼の覚悟を踏みにじらないという意味でも、リヴァイさんの言う通り――――……その重責から解いてあげるという意味でも、“リヴァイ兵士長”の判断は決して間違ってもいないし、私に申し訳ないなんて思う必要はない。
――――けれど今この目の前で、どうしていいか分からない混沌とした感情を処理できずに苦しそうにしている彼は――――……私が昔から知る、優しくて仲間想いの……リヴァイさんだ。
――――大切な人を、傷付けている。
だからと言って落ち込んだって、泣いたってなにも変わらないから。
――――学んだもの。ちゃんと。
人の心なんて、言葉にしないと伝わらないって。
理解するつもりでちゃんと聞いて……ちゃんと話さなきゃ。感情をぶつけ合うだけじゃ、なにも変わらない。
悲しみと苦しみに飲まれて、話もできないまま……またリヴァイさんを苦しめ続けるのは、嫌だ。