第163章 相殺
「――――ナナです……。」
「入れ。」
入室を許可すると、キィ……と遠慮がちに扉が開いて、頬に涙の跡が残るナナが静かに部屋に足を踏み入れた。
ゆっくりと歩を進める手には、ポットとカップが乗ったトレイがあった。――――元々の兵舎の俺の私室のように、湯を沸かす場所もここトロスト区の兵舎の部屋にはない。
食堂で湯を沸かし、ポットに入れて持って来た。――――体を休めてからでいいと言ったのに、戻ってすぐに用意して、ここに来たんだろうということがうかがえる。
「――――失礼します。」
ナナは狭い机の上にトレイを置き、ポットの蓋を開けて中の様子を確認すると、程よく抽出できていたのか、ポットの取っ手を持とうとした。
その瞬間、手をぴく、と震わせて――――ポットがかたんと揺れた拍子に、注ぎ口から滴が落ちた。
「――――どうした。」
「………いえ、すみません……。」
ナナの右手の指先が、赤く腫れあがっている。
さっきの――――火傷だ。
「――――いえ、じゃねぇだろ。手当が先だ。」
ナナの右手をぐい、と引っ張ると、申し訳なさそうにナナが目を逸らして伏せた。その態度に僅かに苛立った俺は、握ったその右手の指先に舌を這わせる。
「!!」
ナナが目を見開いて眉を下げて俺を見る。
「あ?なんだよ。」
「―――舐め……っ……!」
「―――舐めときゃ治るだろ。」
「――――……ぁ………。」
痛いのか―――――感じるのか。
ナナは一瞬小さく目を閉じて、声を漏らした。