第161章 劣情
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ナナを抱いたまま俺も少し眠って――――、明け方。
腕の中のナナがむく、と起き上がった。
泣き腫らした目を隠すように、乱れた長い髪を整えることもせず――――――、ベッドの上に座ったまま、窓の外の……消えゆく細く儚い三日月を見ていた。
まだ時折身体をぴく、とひきつらせて―――――、到底一晩泣いたくらいで拭えるような涙と悲しみじゃないことは、わかってた。
俺も起き上がってナナを背から抱きしめる。
――――ナナが、この儚い月を追ってこのまま、消えてしまわないように。―――――もう一つは……俺のこの混沌とした内側を、浄化したくて……その身体に触れる。
ナナは抵抗せず、俺が抱き締めた腕にそっと手を添えた。
「―――――リヴァイさん……。」
「………なんだ。」
「………会って、きます……エルヴィンに………。」
「――――……そうか……。」
今日の昼には、火葬が行われる。
この世界の住人にとってウォール・マリア奪還を達した調査兵団を率いたエルヴィンは英雄だ。巨人に片腕を食いちぎられたその体でなお勇敢に兵団を指揮し、自らの命を賭して作戦を成功させた。それはそれは美談として語られ、手厚く葬送されるのだろう。
だが、そんなことは俺達にとってどうでもいい。
――――あいつと過ごした時間を思い返し、前を向くためにその死と向き合い、悲しみと苦しみに決別する。
――――ナナが、それをしようとしている。
「――――俺は必要か?」
「…………。」
ナナは黙って首を横に小さく振った。
「――――『リヴァイさんがナナという人間にとって必要な存在か』という意味の問なら間違いなくはい、と答えます。が、エルヴィンへの別れは――――……ちゃんと、1人で……。」
弱々しい声で言ったその言葉は、まるでエルヴィンの口調だ。
「――――あいつみてぇな物の言い方をすんじゃねぇ。」
後ろからナナの首筋に顔を埋めて、その体を抱く腕に力を込めると―――――、僅かにナナが、ふ、と笑った気がした。