第160章 虚無
ナナはとめどなく涙が溢れる目を見開いて俺の目を見た。そしてその目を固く閉じて、嗚咽の間から声を絞り出した。俺の兵服を両手でぎゅ、と握って、縋るように―――――
「―――――たすけて………。」
その言葉に、驚いた。
少女の頃の面影を残したナナが、顔をぐしゃぐしゃにして俺に助けを乞う言葉を紡いだ。
「たすけて……っ………リヴァイ、さ…………っ………。」
ナナはガキの頃から今まで、一度だって俺に助けを求めなかった。混濁した意識の中で口に出したのであろうことはあっても―――――俺に直接助けを求めないのは、ずっと根深い“失望されたくない”“迷惑をかけたくない”想いの表れだったのだと思う。
だが今、壊れそうなほどの喪失感をどうにもできずにいるのか。
――――初めて、俺に助けてと縋らずにいられないほどに。
それほど愛していたんだな。エルヴィンを。
「――――言っただろう。側にいて欲しい時に、側にいてやると。助けてやる。いつだってお前は、俺の守るべきものだ。」
「――――……っ、エ、ルヴィ…ン、エルヴィ……ッ……。」
ナナの呼吸が激しく、時折息を吸う合間にひゅ、と音が混じる。ひきつるような呼吸に、苦しそうに胸や首を押さえようともがく。
「――――許せ。」
ひきつる呼吸の合間にエルヴィンを呼ぶ唇を塞ぐ。
一瞬、びく、とナナの身体が強張った。
愛する男の死を悼みながら別の男に唇を塞がれるなんて、と思ったのだろう。
だがまず呼吸を落ち着かせなくては、まともな思考は戻って来ない。ナナの口に少しずつゆっくりと、二酸化炭素を送り込む。
強張っていた体の緊張が解け、俺に身体を預けた。