第160章 虚無
「――――なんで泣かない。」
「――――………っ………。」
「お前のやせ我慢は見てるこっちが苦しいんだよ。やめろ。休め、今すぐ。」
「やせ我慢じゃないです。」
「――――エルヴィンを失っても……泣きも喚きもせず、随分立派になったもんだな?」
「――――泣いてる暇なんてないじゃないですか。」
「それはそうだ。だが………違うだろう、お前の本心は。」
「違わない。」
ナナは昏い目で俺を見た。
この目だ。
光を失ったこの深い紺色の瞳は――――まるで蒼い炎がゆらめく闇のようだ。
前にもこの目を見たな。
――――リンファを失った時か。
「これでいいんです。」
「――――いいわけねぇだろう。言っただろうが、お前の様子がおかしいのは、俺が大丈夫じゃねぇと。」
「だってまだ、終わってない。」
「――――あぁそうだ。まだ終わってない。だが、エルヴィンの死から逃げて何になる?」
「――――逃げてません。」
「逃げてるだろうが。」
「逃げてなんか、ない――――……!」
「じゃあなぜ泣かない?昔お前が俺に言った。悲しんで、受け入れて前を向けと。」
「うるさい、ですっ……!」
ナナが取り乱したように声を荒げながら机をバン、と両手で強く叩いて、感情をなんとか抑え込もうとしている様子で椅子を跳ねのけて立ち上がった。
だがその顔は俯いたまま唇を強く噛みしめて、俺の方には向けられなかった。