第160章 虚無
ナナの部屋の扉を叩こうと手を伸ばした一瞬、僅かに躊躇する。
――――また、倒れていたら。
いや……もし、もうエルヴィンを追って――――死んでいたら。なんて縁起でもねぇことを俺は考えた。
――――いや、そんなにあいつは弱くない。
そう信じて、いつもより控えめに扉を鳴らした。
「――――はい……。」
「――――俺だ。入るぞ。」
ナナのあまりにか細い返事に、入室の許可の返答を待たずに扉を開けた。物思いにふけるように、ぼんやりとまた――――月でも眺めているのかと思った。
が、ナナは机に齧りつくようにして、何かを書きなぐっていた。歩み寄ってそれが何なのかを確認する。どうやら、今回の作戦で使った立体機動装置から武器、兵糧、火薬から医療品、馬、馬具、荷馬車……すべての管理をしようとしているようだ。大量にナナの周りに散乱しているのは、既に帰還時に持ち帰ったものを全て数えてきたのであろうメモの数々だ。
「――――何やってる?」
「ハンジ団長は、まだ怪我が酷いので……補佐官として、できることを。」
「――――必要ない。急いでない。」
「嫌です、どうせ後でやらなくちゃいけないんですから。」
「顔色が悪い。休め。」
「大丈夫です。」
「――――クソが……お前はいつもいつも……!」
ナナが書いていた書類を無理矢理手元から引き抜いた。ペン先がガリ、と紙に引っかかり、インクが滲む。
「何するんですか……!」
ナナが顔を上げて俺を睨む。
珍しく、ダンッと机を叩いた。
歪めて細められたその目は、なんの光も宿らない昏く淀んだ瞳だ。