第160章 虚無
民衆の大歓声も
リフトを巻き上げる音も――――…
何も、聞こえない。
目に映る景色が二重になって
三重になって……
ぐるぐると回り始める。
頭がついていってない。
死んでる?
誰が?
だってそこにいるじゃない。
――――私の、エルヴィンは――――そこに――――………。
自由の翼のマントをかけられた彼の、顔を………見たい?
――――見たくない。
触れたい?
――――触れたくない。
怖い。
その体が冷たかったら。
鼓動を感じなかったら。
―――――私はきっと………心がバラバラに壊れて
―――――……死んで、しまう。
――――ッ……でも、私は……医者だろう……!?
甘ったれるな、壁外にも行っていない私が、私にはこれしかできないのに……っ………それを私情で簡単に放棄するな………!!
目の前のぐにゃぐにゃに揺れて混ざる視界を正すために、両手でパチン!と自分の頬を打った。
その音に驚いたのか、リヴァイ兵士長とハンジさんは驚いた顔で私を見た。
「――――死亡確認も、私の仕事です。」
私はつかつかとその荷馬車に寄って、そっと――――彼に被せられていた自由の翼を取った。
――――手が震えていることに、お願い……誰も気付かないで。
――――私の愛する人は、真っ青な顔をしていた。
腹部には抉られたような痕。
失血死だ。
――――アウラさんの時と、同じ。
そっとその逞しい首に手をあて、脈を確かめる。
その指には、願った脈動は一切―――――感じられない。
「――――失礼します。」
小さく断りを入れてから、瞼を持ち上げて瞳孔を確認する。
――――いつも焦がれたその蒼の中心を、ぽっかりと―――――
まるで悪魔にでも魅入られたかのように
闇が貫いていた。