第153章 夕陽
「――――もう誰も、見てない。」
「いやもう遅いですよ、リヴァイさんが『俺が手をつけてる』とか言ったから、凄い噂ですよ。今誰も見て無くても――――」
「うるせえ、てめぇもややこしいこと言っただろうが。」
「あれは本当のことで……。」
「ちょっと黙ってろ。空気を読め。黙って抱かれてられねぇのかお前は。」
「だって………。」
軽口を叩いていないと、引き戻されてしまう。あの頃に。―――――持って行かれてしまう、引力の強すぎるあなたに、なにもかも。
「――――お前が望むものは、俺が守ってやる。いい子で待ってろ。」
また軽口を叩こうとしたけれど、あまりにその言葉は愛情で溢れていて、強くて、綺麗で。
私は震える声で、素直に頷いた。
「――――はい………。リヴァイ、さん……。」
強くて速い鼓動が聞こえる。
またこの鼓動を聞きたい。私とは早さが違う、力強い鼓動。
きっと帰って来て。
私の不安を拭おうとしてくれているのだろう、けれど――――リヴァイさんもまた、私の首筋に顔を埋めて、息を吸い込んだ。
――――多くの仲間の命を左右するんだ。
そして、人類の運命をも。
決して見せないけれど、怖いと思ったって当然で。
何かに縋りたくなっても当然で。
私はそっと彼の背中に手をまわして、とん、とん、とあやすように小さく背を打った。
「――――珍しく、お前が温かい。」
「………それはリヴァイさんが、温もりを求めているからです。」
「………そうか。」
「………そうです。私も病になんて負けずに生きてここにいます。だから、心配しないで。」
「………ああ。」
ただのリヴァイさんとナナの星空の下での抱擁を、――――無に還る直前の……微かに鈍色の光を放つ月だけが、見ていた。