第151章 無二
「――――私も今、当時の母の気持ちが痛いほどわかります。人生の全てをかけてきた医学で目の前の人を救えず、命が消えてしまったら―――――、今までの自分の努力も、生きて来た意味すら、瓦解してしまう気がして。」
キース教官はおそらくその当時の母の様子を思い返しているのだろう、目を開いて、母のその“人間らしい弱さ”の痕跡を探していた。
「………実際、そうでした。初めての壁外調査で私は――――仲間を救えず無力に、目の前で死なせました。自暴自棄に、なるほど――――自分を呪いました。キース教官が仰るように、もし私が特別な人間だったら、その人は死なずに済んだかもしれません。」
「―――――……。」
視界の隅で、リヴァイ兵士長が少しだけ俯いたのが見えた。
「きっと――――“特別な人間”なんていないんです。誰かだけが特別じゃない。全てがただの“個”なんです。他人のそれが煌めいて、優れているように見えるけれど………誰も、万能じゃないです……。きっと、グリシャ・イェーガーでさえ……選ばれた人間なんかじゃなかったと、私はそう思います。」
「…………!」
キース教官よりも目を開いて驚いた顔をしたのは、エレンだった。
「だから彼が何に悩み、何を信じてどう生きたのかを、私は知りたいのです。」
「――――有益な情報を持ち合わせていなくて悪かったな。」
「いえ、私の仮説をより肯定できる貴重なお話でした。」
キース教官に心臓を捧げる敬礼をすると、ほんの僅かに―――――キース教官は、心の淵を溶かしたような顔を見せた。