第145章 慈愛
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戴冠式を終えて、ヒストリアが兵団本部に戻って来た。
大歓声の中凛々しく心臓を捧げる敬礼をしていたヒストリアとは思えないほど、当たり前だが、いつも通り普通の少女だ。それに、ヒストリアはある決意を実行するためにここに来た。
俺は一応、その宣言を聞いていた時に隣にいた者として止めてみる。
「待てよ、本当にやるのかヒストリア?」
「何よ……エレンだってやっちまえって言ってたじゃない。」
ヒストリアの目が据わってる。
これは、本当にやる気だ。あの人に、あれを。
「い、いや……あれはリーブス会長の遺言っていうか最後の冗談だろ?」
俺とヒストリアを中央憲兵に引き渡す手筈の時に、リーブス会長がリヴァイ兵長のことを語って、最後に言ったんだ。
『女王になったら奴をぶん殴ってやってこう言いな。殴り返してみろってな!』
確かに女王になる選択をさせたのはリヴァイ兵長で、ヒストリアに無理を強いた感じはあったけど。
なにも律儀に実行しなくても良いと思う……。
「別に恨んでないならやめとけよ。」
「こうでもしないと女王なんて務まらないよ。」
「いいぞヒストリア、その調子だ!」
ジャンがはやし立てるもんだから、ヒストリアの決意はどうやら固まってしまったようだ。
そしてちょうど………廊下の先に、その人とナナの姿があった。俺達を待っていたらしい。
「っ……うッ…………。」
「………ヒストリア?」
尋常じゃないヒストリアの様子に、リヴァイ兵長の隣にいたナナが思わず心配そうにヒストリアの顔を覗き込んだ。
「ああああああ!」
「えっ。」
対人格闘の構えを取ったヒストリアは、右腕を振り上げて――――、リヴァイ兵長の肩を、ドカッと思いっきり殴った。
「あぁ!!」
「うおおぉおお、やりやがったぁ!!」
ナナは一瞬驚いた顔をしたけれど、その意味を理解してか、ふわ、と柔らかく笑った。
――――いや、けど。
ナナは笑ってくれても、この人が怖いんだって………。