第145章 慈愛
「忘れ物、ですか?」
急いでベッドから体を起こす。
「ああいいよナナ、そのままで。」
ハンジさんの手には茶色い紙袋。それを抱えて、嬉しそうに私の方へ歩み寄って来た。
「………?」
「――――これ、ナナにって。自分で渡せばって、言ったんだけどさ。――――じゃあ私行くね。ゆっくりしてて。」
「………?はい………?」
ハンジさんがパタンと扉を閉めてから、よくわからないまま受け取ったその紙袋の中を覗いた。
「――――……。」
紙袋の中には、私の好きな焼き菓子と――――、紅茶。
「――――食べろって、こと……?」
ふ、と笑いが込み上げる。
と同時に、色んなことを想像する。
紅茶も焼き菓子も開封してないし、ふと見ると焼き菓子の中には猫の形を模したクッキーがある。自分の持ってるものの中から分けてくれたんじゃなく、わざわざ買って来たんだ。
――――まだお店も開いてない時間に、あなたはきっと強引にお店を開けさせたうえに、あれこれとどれが好きか、何なら食べるのか、選んでくれたんじゃないかと思う。
また猫のクッキーを手にとって、どんな顔をしたんだろう。
それを想像すると、おかしくて。
『生きて俺達の側で笑ってろ。』
私の我儘で言わせたそれを、ただ口先で叶えてくれただけじゃない。ここに居ていいと、側にいていいと……言ってくれてる。
「――――わかりにくいです、リヴァイさん………。」
私は紙袋がくしゃくしゃになるほどそれを抱き締める。ぽた、と音がして――――、紙袋にいくつも染みができる。
「――――よし……っ!大丈夫、私は大丈夫……!」
深呼吸をして身体に空気を導き入れる。
私の身体の隅々までそれは行きわたって、それを吐き出してを繰り返し、呼吸になる。生きているって、実感できる。私はたくさんの人の愛情に支えられて、生きてる。
病院で検査結果を聞いた時の、多少の虚勢を含んだ『怖くない』じゃなく―――今私は本当に思う。
怖くない。
きっと大丈夫だ。
晴れやかな気持ちで小さなクッキーをぽり、と齧りながら――――、誇るべき自由の翼を配したジャケットに、腕を通して髪を結った。