第142章 初口
「――――何かあった……?」
他の兵士がまだそこらにいる中で、“ただの兵士”の身の程をわきまえることも忘れて彼の頬に触れてしまったのは、私の方だった。
血がついていたのを拭ったように見える左頬に手を添えて、瞳の奥を見つめる。
「―――悲しい…?苦しいんですか……?」
「――――……!」
リヴァイさんの目が大きく見開いたと思ったその瞬間、その腕に強く抱かれた。
――――高い体温と、その大好きな匂いは変わらない。
ただいつもと違うのは――――、他の兵士にも見られてしまうような状況で、私に弱さを見せたことだ。
――――今彼は、ただのリヴァイさんとして……私に受け止めて欲しい何かが、あるんだ。
「……泣いて、いいですよ……?」
思わぬことに、いつになく焦ってしまう。
おろおろとしながらも、リヴァイさんが涙を見せられるとしたら私のところしかないんじゃないかと思い上がってしまう。
「馬鹿野郎……誰が、泣くかよ………。」
「――――……でも、ひどく悲しそうです……。」
「………そんなわけ……。」
「……………?」
どうしたんだろう、リヴァイさんの心が削がれるのは――――、仲間を死なせた時だ。
西部調査の時も、同じ事があった。
でも、悲しそうという私に対して『そんなわけない』と言いかけた。
――――仲間じゃない誰かを、失った……?
「………兵士長と兵士だ、放せと……言わねぇのか?今日は……。」
「………今リヴァイさんが頼ってくれているのは、ただのナナにだと、思っています……。」
「ああ……そうだな………。」
言葉を交わしながらも、一向にリヴァイさんはその腕を解こうとしない。
厩舎で作業していた他の兵士が、気を効かせてか……去って行く。中には好奇の目を向けながら、ひそひそと話しつつ去って行く若い兵士もいる。
「―――噂になっちゃいますね。」
「……放っておけばいい。お前に手を出す輩がいなくなって好都合だ。」
「……ふふ、そうですね……。」
しばらくしてようやく、リヴァイさんがそっと体を離した。