第142章 初口
「ロッドの鞄から……一つくすねといたヤツだ……。どうも、こいつを打って……巨人になる、らしいな……。」
「――――……。」
「アホな巨人には……なっちまうが……ひとまずは延命……できる……はずだ……。」
「それを打つ時間も体力も今よりかはあったはずだ。なぜやらなかった?」
「あぁ……なんだろうな……。ちゃんとお注射打たねぇと……あいつみてぇな出来そこないに……なっちまいそうだしなぁ……。」
誰よりも生に、欲望に忠実なこの男が躊躇う理由はなんなのか。
そして――――、人を殺しまくった先に夢見たものは、なんだったのか。
――――俺はこの男のことを、何も知らない。
「……あんたが座して死を待つわけがねぇよ。もっとマシな言い訳はなかったのか?」
「……あぁ……俺は……死にたくねぇし、力が……欲しかった。――――でも、そうか……今なら奴のやったこと……わかる……気がする……。」
ストヘス区で戦りあった時……地下街のどん底から地上を見上げた時の絶望、とケニーは言った。
それは――――俺にも多少なりとも理解できる。
ケニーの言う“奴”が誰かはわからない。
ただそいつに並びたくて必死に足掻いた、それがこの男の人生だったのだろうということだけはわかる。
そして―――――、俺がナナに触れるに相応しい、共に生きるに相応しい綺麗な人間でありたかったと願っていたいつかのその想いと、ケニーのそれは少し似ている気がした。
「……俺が見て来た奴ら……みんなそうだった。酒だったり……女だったり……神様だったりする……。」
「――――……。」
「一族……王様……夢……子供……力……、みんな何かに酔っぱらってねぇと、やってらんなかったんだな………。みんな……何かの奴隷だった……あいつでさえも………。」
遠い目をして“あいつ”を想ったケニーは、口から大量に血を吐いた。
もう、死ぬだろう。