第140章 兄弟
「アーチ。来い。」
兄貴が俺の腕を掴んだ。
その目は―――――静かだ。
「嫌だ。何しに来た?一緒に死ぬつもりか?行けよ。」
「――――俺はな、リンファをまだ誰よりも愛してんだよ。」
「――――は……?」
「――――リンファはお前を中央憲兵から取り戻すことを望んでた。だからそれを叶える。そのために来いよ。」
「………リンファは死んだ。今更だろ。」
「………お前はまだ生きてる。」
「――――………。」
「なぁアーチ。命を大事にしろなんて、道徳めいたことは言わねぇよ。………生きる事が死ぬより辛いことだって、ある。」
「…………。」
「でもな。」
「…………。」
「――――俺はお前が大事だ。お前に死んで欲しくない。これからはずっと一緒だ。――――二度と置いて行かねぇって、決めてる。」
「………っ……!」
――――ガキの頃から、追い続けたその背中。
兄貴の背中を追って、兄貴の背中を追うリンファを追って――――、気付けば俺だけがそこに取り残されていた。
リンファの苦しみを知ってもなにも出来なかった。いや、しなかったんだ。怖くて、逃げた。
人を殺す能力だけが長けている俺に、何ができる?
何かに心酔するしかなかった。
人を殺すことも正当化するしかなかった。
だから中央憲兵に身を置いて――――……王のためと戯言を吐いて、多くの人間を秘密裏に、残酷に、葬った。
――――疫病の研究をしていた人間を殺した時、彼らは言った。『なぜ?私たちが死ななければならない?』と。
――――わからねぇよ。
答えなんて。
……殺す理由すら理解していないまま―――――当たり前のように、息の根を止めた。
俺は、何も、感じなかった。
「――――兄貴には、わからねぇよ……。俺は、弱くて、汚い……!」
ぐちゃぐちゃの心情のうちに吐き出した言葉は、まるでガキの駄々だった。
シリアスなこの空気の中、兄貴は――――、笑った。