第138章 悪党
「――――なにに我慢ならんのか。……あやつがあんなに感情に突き動かされたように動くようになったのは――――、ナナが補佐官になってからじゃな。若いとはいいのう?ザックレー。」
「――――実に気に食わん。あいつは一生一人で生きていけば良いものを。あんないい女を捕まえよって。」
「はは、お主はエルヴィンの事を気に入っとるくせに厳しいな?」
「……ふん。チェスの一つとっても可愛げのない男だからな。」
「――――さぁさて、ナイルが質問攻めで困っておるな、総統の出番じゃぞ。」
「あぁ。」
馬車に押し込められて、エルヴィンも乗り込んで来る。
扉を閉めて――――鍵を、かけた。
数日前……この馬車越しに会えただけでも十分だった。でもいざこうして側にいると――――、触れたい。
その気持ちが抑えられない。
でもなぜだか気恥しくて、心臓がうるさくて、目を合わせられないまま足元に目線を落とす。
「――――ナナ。」
エルヴィンの低く甘い声に、体が粟立つ。
そっと左手が私の頭を撫でて――――いつものように、頬に添えられる。やっぱり目を見られないまま、怪我の状態を問う。
「あ、あの……っ、怪我、診るから……っ……!」
「――――大丈夫だ。」
「でも………。」
「――――ナナ。顔を見せて。」
「――――………。」
その甘えるような声に、その瞳を覗いてしまった。
嬉しそうに、愛おしいものを見る目で――――私を見ている。
「――――エルヴィン……っ……。」
涙の滴がポロポロと零れて、エルヴィンの兵服に染み入っていく。私がその胸に飛び込むと――――その片腕で、また強く優しく抱いてくれた。
「会いたかった……っ、し、死んじゃうかと……っ、思っ……、どう、して、いいか……わからな……っ………!」
引きつる呼吸の合間になんとか言葉にすると、エルヴィンはふっと小さく笑いながら囁いた。