第134章 恥辱 ※
「――――ほら、よく考えてナナ。僕からは絶対に逃げられない。今日連れて来ていた護衛も――――もうここにはいない。エルヴィン団長もリヴァイ兵士長も来やしない。あなたを守ってくれるものは、何もない。僕だけがあなたを守れるんだ。――――レイス卿にさえ進言できるのは、王政の奴らじゃない。僕だけなんだから。」
耳元で囁かれたその一言を何度も何度も頭の中で反芻する。
考えろ。
冷静に。
彼は自分の勝ちを確信して気を緩めた。その言葉の中に、色んな情報を含めてしまっている。
レイス卿にさえ、と言った。
それはもう即ち――――レイス家がこの世界の頂点に君臨する王家なのだということだ。
考えろ。
エルヴィン団長なら、リヴァイ兵士長なら、ハンジさんなら、こんな時どうする?
――――お荷物でしかない自分でいるのか、それに抗うのかは――――自分で決める。自分で選べと学んだはずだ。
「――――一つだけ、聞かせて……。」
「なにかな?」
「―――エルヴィンを愛していた記憶まで、私から、奪うつもり、ですか……?」
「――――そうしたいところだけれど。あなたが僕のことを心から愛してくれるなら、奪わないであげてもいい。――――あなた次第だ。」
――――民意などどうにでもなる、そして私の記憶も奪わない、と言った。やはりエルヴィンのお父様の仮説通り――――、おそらくレイス卿は……人民の記憶を操作できる何らかの術を持っている、ということになる。
「奪わないで……。あなたのものに、なる、から……。お願いします……彼の命も、私の中の彼の記憶も―――――どうか、奪わないで………。」
涙ながらに懇願すると、そのグリーンの瞳が満足げに歪んで細められた。
「――――気の強いあなたが折れて傅くこの瞬間が、たまらないな。」
「………っあ………!」
ダミアンさんは私を軽々と抱き上げた。
その先を覚悟しても、やっぱり体が震える。
考えない、感じない。何も。
ただこの人の機嫌を損なわないように、悦ぶ声を上げて――――ただひたすらにその行為が終わるのを、待つのみだ。
そして――――――ここから逃げる隙を、必ず見つける。
何とかしてこの情報を、エルヴィンに届けなければ。