第131章 火蓋
「――――じゃあ、ね。」
俺の顔を見ずに馬車から降りようとするナナの腕を引いて、その腕に抱き留めた。
きつく、その折れそうな華奢な身体を背中から抱く。
ナナの顔は、見えないままだ。
「――――放して……?」
「………もう少しだけ。」
「……いやだ、放して……。」
「――――無理だ、すまない。」
「――――離れられなく……っ………なる………!」
ナナの声が震える。その肩も。
「………ちゃんと、静養、する、から……、どうか……一つだけ、許可、してください……エルヴィン、団長……。」
「――――なんだ。」
「ウォール・マリア奪還のその時は――――どんな状態であっても、連れて行ってください………。エレンの家の地下室に眠る、外の世界への鍵が開く時は―――――、私が、行かなきゃならない……。これは私の――――命を賭けても、やらなきゃいけないこと、なんです……!」
絞り出すように、掠れた声を詰まらせながらナナは言った。
君の覚悟なのか。
例えそこで死ぬとしても成し遂げるべきものがあるんだと、ナナ・オーウェンズという人間が命を賭けるほどの覚悟を――――しているんだな。
「――――わかった。約束だ。できる限り万全の体調で来い。しかも、そう遠くないぞ。短期間で集中して身体をちゃんと休めなさい。」
「――――はい………。」
「――――俺も、一つ許可して欲しい。ナナ。」
「………はい……?」
「こっちを向いて。」
ナナはゆっくりと、少し気まずそうに―――――体を俺のほうに向けて、赤く充血した目で俺を見上げた。
左手で頭を撫でてからその手を頬に降ろし、親指で唇に触れる。