第131章 火蓋
―――――――――――――――――――
ナナとロイを王都の家まで送り届ける道中、馬車の中で終始ナナは黙ったまま、俯いていた。
ふと外に目をやって――――目を潤ませる。
その目の先には白い花が咲き広がる丘、そこに蝶が舞っている。何かの思い入れがあるのか、頭の中に思い出でも巡らせているのか――――、ぼんやりとその目線は空に向けられたかと思うと、涙が零れ落ちないようにしているかのように天を仰いで、ぼんやりと流れる雲を見ていた。
――――体の不調に伴って、情緒までとても不安定に見える。
いつもの彼女なら――――花畑や蝶を見れば眩しいほどの笑顔で笑って指を差す。空に浮かぶ雲の形を、何かに例えたりして―――――俺の腕を引いて、『見て、エルヴィン!』と輝くような光を宿した目を俺に向ける。
「――――ナナ、何を見てる?」
「……なんでも、ない……。」
「そうか……。」
その生気のない答えが悲しくて、それはロイも同じくなのだろう、珍しくロイが空気を変えようとしたのか、話題を変えた。
「――――そういえば姉さん。母さんがさ。」
「うん………。」
「見習い看護師を雇うって。まだ医学生の子に、少しでも現場の経験を積ませて即戦力にするために……って言ってた。うちにも一人来るよ。……僕は、反対したけど。姉さんは喜ぶかもしれないね。」
「…………?」
「…………来週から、エミリーが母さんの元で働く。」
「――――そう、エミリーが……。」
「うん……そう……。」
花の咲くような笑顔を見せてくれると思った。
けれどその口元に薄く笑みを浮かべただけで、ナナはまた、黙ってしまった。
気まずい沈黙の中馬車は走り続け――――、ようやくナナの家に着いた。ロイは気を利かしてか――――、早々に家の中へと入っていく。