第131章 火蓋
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ナナが王都に一時的に療養のために帰ることを了承したその夜、俺の胸で泣き続けるナナの髪を左手で撫でながら――――少女をあやすように、ナナの髪、額、涙に濡れる頬、そして―――――呼吸を引きつらせるその唇にも、何度もキスをした。
ようやく少し落ち着きを取り戻したナナの目は、いつもの――――俺の補佐官を務める彼女の目だ。
「――――エルヴィン……。」
「――――ん?」
「一つ、有益な情報がある。」
「なんだ?」
「――――エレンの父、グリシャ・イェーガーは……どこの医学大学にもいた形跡が、なかった。」
「………なに……?」
「――――エレンの家族と親しかったハンネス、という駐屯兵団の兵士に聞いたの。昔はやり病でトロスト区が混沌とした中――――、どこにも治療方法がなかったにも関わらず、イェーガー先生は……薬を持って、突然、現れたって……。」
「――――………。」
「――――一介の一人の医師が、未知の病の薬を精製するなんて不可能……。元々、持ってたことになる……。その話を不思議に思って、ロイに調べてもらった。――――イェーガー先生が医学を学んだのは――――この壁の中でではない。」
「――――外から来た。その外の情報が、エレンの実家に――――眠っているのか。」
「――――おそらく。」
「ありがとうナナ、有益な情報だ。」
ナナは小さく早い呼吸をしながら、また俺の胸に頭を預けた。そして俺の右腕の切断面に、そっと触れる。