第130章 天秤
「――――じゃあなぜ、わざわざそれを俺に言いに来た?」
「――――………。」
「俺にその情報を渡さず、ナナを連れ帰るだけで良かったはずだ。」
「…………。」
「――――医者としての誇りを、まだ失っていないんだろう?」
俺の言葉に、ロイは目を見開いて制止した。
そして彼は――――気付いて欲しかったのだろう、ナナと同じ顔で、眉を下げて俺をちらりと見る。
「――――疫病でこれ以上死なせないって、誓ったんだ。」
「―――ああ。」
「それを――――あいつらは………!己の保身のために、撒こうと言う……!」
腿の上で強く握った拳に額をつけるように蹲り、悔しそうに―――――ロイは掠れた声で言った。
「…………。」
「――――でも結局僕は、姉さんと壁内人類を天秤にかけて――――、姉さんをとった。医者としての誇りよりも、姉さんをとった。」
「…………君も、ナナと同じだな。」
「………え………?」
ロイは驚いた顔を俺に向ける。
「『助けて』と言うのが、本当に苦手だ。」
「――――………。」
「言っていい。『助けて』と。俺は君を弟のように思ってる。可愛いんだ。最愛の彼女と同じ瞳と髪を持った、幼くて生意気な君が。――――君たち姉弟が。君が傷つくとナナが泣くから――――君の力になることもまた、俺の役目だ。」
ロイは目を見開いて、沸き上がる涙を堪えるように拳を握りしめて俯いた。
「―――こんな腕で、頼りないかもしれないがね。」
「………やっぱり、姉さんに相応しいのはエルヴィンさんしか、いない。」
ロイが顔を上げて、今度こそ淀みない顔で笑った。