第130章 天秤
「――――ありがとう、義兄さん。」
「はは……義兄さんじゃないと言っているのに。」
「やだ。そう、呼びたい。」
やだ、か。
その言い方もまるでナナにそっくりだ。ナナが俺に反抗するときの、唇を尖らせて言う『やだ』も、組み敷いて鳴かせている最中に吐息の合間に漏れ出る『やだ』も――――、可愛くて愛おしくて仕方ない。
こんな惚気話を、まさか弟に聞かせるわけにもいかないなとふっと息を含んだ笑みを零して、ロイに進言をする。
「――――今すぐに疫病が蔓延して特効薬が必要になるわけじゃない。むしろ――――その強毒化している研究は、進めているフリはしつつも可能な限り引き延ばせ。奴らの手に渡してはいけない。」
「――――うん。」
「そしてナナを王都に連れ帰って静養させるつもりなら――――、その間にナナに全ての研究成果と製薬に関する知識を引き継げ。万が一疫病が撒かれた時――――、ナナも知っていれば何かの対策が打てる。だがナナの警備は過ぎるほど厳重にしておけ。もし薬の知見を引き継いだ事がバレたら――――君との約束などなかったかのように、ナナを殺しに来るかもしれない。」
「―――ここで引き継ごうと思って。研究所に姉さんを連れて行ったら、引き継いだかもしれないと怪しまれる。余計な危険に晒したくない。だからあえて、すごく身軽で来たんだ。――――あくまで姉さんのお見舞いとして来た風にね。」
「ここで?資料などなくてもできるものなのか?」
「―――全部頭に入ってる。それに姉さんは、僕よりもずっと凄い。口頭で伝えるだけで――――全て理解するよ。」
「そうか。さすがだ。」
ロイがナナを誇らしそうに語る顔は、少年のようで悪くない。とても――――嬉しそうに見える。