第122章 密約
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「――――ロイ様。どうしたのですか?体調でも悪いのですか?」
家に帰ると、僕の上着を預かりながらハルが顔を覗き込んで心配そうな目を向けた。
「………ウォール・ローゼが巨人に突破されたらしい。」
「え………?!」
「姉さんからまた呼びつけられるかもしれない。早馬や手紙が来ないか、気を付けておいて。もし来たら即研究室まで届けて欲しい。」
「はい、わかりました……。」
姉さんは今どこにいるんだろうか。
姉さんから頼まれた調べ事の結果を送りたいけど、今この状況では調査兵団の兵舎にはいないんだろう。
そもそも先日の調査兵団は大きな失態を冒したと――――、多額の融資を募って大がかりな作戦を決行するも失敗で成果はなし、更にはストヘス区にて無謀な作戦を秘密裏に決行し、街や人命に多大な被害を与えたと―――――、王都の中ではもっぱらの噂だ。
「――――エルヴィンさんがいながらこんな劣勢になるなんて……。」
僕の零した呟きに、ハルが同調する。
「ええ……そう、ですよね……よっぽどの事態が起こっているのでしょうか……?そして……もちろん、お嬢様はその最前線に――――いらっしゃるの、ですよね……?」
ハルが手に持っていた僕の上着をぎゅ、と握りしめた。
いくら姉さんを一番応援しているハルであっても、いざここまで調査兵団の立場が危うくなると、心配なのだろう。
僕も同じだ。
できることなら―――――このウォール・シーナの中にいてほしい。戦いの最前線なんて、姉さんには似合わない。
例え偽りの平和でもいい。
そこで何の心配もないような場所で―――――、ただ柔らかく笑っていてくれたらいいのに。
「――――姉さんのことは、エルヴィンさんに委ねてるから。きっと平気だ。それに今にきっと――――帰ってくるよ。ハル。」
いつの間にか僕の方が大きくなって、ハルを見下ろす目線でハルの頭をぽん、と撫でた。
「――――はい……。」
ハルは少しだけ眉を下げて、大丈夫だと言い聞かせているような目をして――――、そっとその目を伏せた。