第116章 戦慄
出立前の喧騒の中、ごく小さな声が俺を呼んだ。
「――――兵長。」
「――――なんだ、ペトラ。」
俺の斜め後ろにいたペトラが不安を掻き消そうとしているのか、少し震えた声で話しかけてきた。
「―――いよいよですね。エレンに、何事もないといいのですが……。」
「―――エレンに何事もないように守る事が俺達の仕事だ。」
「………はい……!」
「配置につけよ。」
「あ、あの、兵長……っ……!」
「なんだ。」
珍しくペトラが言い淀む。
言いたいことはハッキリと言える奴だが、と不思議に思っていると、目を泳がせながらその言い辛い言葉を続けた。
「無事帰ってきたら―――――私にもう一度時間をください。」
「あ?」
「………想いを、伝える時間を……。」
「――――今話すようなことじゃねぇだろ。」
「……わかってます!でも、それでも………その約束があれば、それは私の……確固たる生きて帰るための意志になる……。」
不安げに目を伏せて小さく呟く。
いくら精鋭であっても、エレンという不確定要素を連れて、こんな大部隊での調査に不安は抱えて当然だ。
ふっと息を吐いて、ペトラの頭をぽん、と撫でた。
「――――いいだろう。聞いてやる。」
「――――はい!!!」
ぱぁっと明るい笑みを見せたあと、ペトラはその表情を兵士のそれに切り替えた。特別作戦班の面々を1人ずつちらりと見ると、それぞれが怯えることもなくいい面構えをしている。この作戦ではこいつらにとって予想外のことしか起きねぇはずだ。
その時にどれほど動けるか、が肝だ。
動ける奴を俺は選んだ。
――――こいつらは想像もしてねぇだろう。
まさか――――この調査が、壁内に潜む巨人化できる力を持った敵を炙り出し、しかも捕らえて―――――その項から引きずりだすための計画だなんてことには。