第112章 狐疑
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対策本部の一室を団長室として貸し与えられ、そこに調査兵団の兵舎から持ち出した過去の資料を集め、これから先のことを考える。
温故知新とは言うが、今回ばかりはそうもいかない。
――――前例がないのだから。
巨人化できる少年を団員として連れて行き、恐らくそれを狙う――――同じく巨人化できる敵の襲撃があるはずだ。
そんな傍から見れば絶望的だと想像されるその調査の作戦やルートを考える。まずは敵の目的の仮説と思考の仮説。その中から、最も可能性が高い動きに対応できるルートを決める。この壁外調査で―――――、壁内に潜む敵を、炙り出して捕らえる。
頭の中で慌ただしく思考を巡らせていると、ナナがそっとコーヒーを置いた。
「………ありがとう。」
「私に出来ることがあれば仰ってください。」
「ああ……。今は大丈夫だ。大枠の構想ができたら、君の意見も聞きたい。」
「はい。」
「まだ時間がかかる。休んでいい。」
「いえ、もし赦して頂けるのなら、側に。」
「――――断る理由がない。」
ナナは当たり前のように柔く笑んで、何時間も、何も言わずただ資料を読みながら俺の側にいた。
おおよその構成を書き連ねて、一度ペンを置いて伸びをする。ナナはさっと俺の後ろに回って、肩を揉んでくれる。
「――――お疲れさまです。」
「ああ………。」
「――――ナナ。」
「はい。」
「――――敵は、なんだと思う?」
ナナのほうを振り返ってその濃紺の瞳の奥深くを見つめながら、静かに問う。
ナナはとても悲しそうに、切なそうに、苦しそうに俯いて小さく答えた。
「――――私たちの憧れた、外の世界――――………。」
あまりに辛そうな表情をする。
思わずナナの方に向き直って、その頬を、髪を撫でる。ナナはそっと目を閉じて、何かの想いを整理するように俺の手にすり寄った。
「――――……すまない、君には辛い問だったな。」
ゆっくりと開いた瞳には、確かな強さが宿っていた。