第10章 愛執
「ん………。」
ナナが薄く目を開けた。
「………どこか、痛むのか?」
「……………。」
ナナがぼうっと俺を見上げる。
そしてハッとしたように、急いで起き上がろうとするが、俺はそれを制止した。
「……いい。横になってろ。」
「………はい、………すみません………。」
沈黙が流れる。ナナは気まずそうに、俺から目を逸らす。
「言いたことがあるなら言え、なんだ。」
「あの………助けて頂いて………ありがとうございました。」
「………助けたのはリンファで、俺じゃねぇ。俺はただビクターを半殺しにしただけだ。」
「……………今更、って呆れられるかもしれませんが、リヴァイ兵士長がおっしゃった事が、ようやく理解できました。力づくで、人の気持ちが手に入ると思っている人も、いるんだと………。」
「ビクターがそう言ったのか。」
「はい………愛しているから、通じ合いたいと、確かそんなことを………。」
ナナがふと、何かを思い出したように唇をこする。
「おい、どうした。」
「………いえ、なんでも……。」
なんでもない、と言うが、その手を止めようとしない。
「なんでもなくねぇだろ。どうした。」
「………感触が……消えなくて………っ………気持ち……悪い……っ!」
ナナは消え入りそうな声で、涙目で呟いた。唇を奪われた、ということか。ナナの手は止まらず、唇には血が滲みだす。
「……ナナ、やめろ。もうあいつはいない。大丈夫だ。」
ナナの呼吸が早くなる。
思い出させてしまったのか。
ナナの目に溜まっていた涙は一筋流れおち、胸を押さえて苦しそうに俯く。
過呼吸か。
それでも、何かの記憶を消したいかのように唇を拭い続ける。
俺はナナの腕を掴み、身体を抱き起こして自らの唇でナナの口を塞いだ。