第10章 愛執
「………自制ももう、時間の問題だ。現に俺はビクターを半ば私情で殺しかけた。」
俺がビクターに殺意を抱くほど憤りを感じたのは、自分が抑えているその感情を露わにして行動していた事への羨望だったのかもしれない。
一歩間違えば、ああやってナナを力づくで押さえつけて犯していたのは、自分だったかもしれない。その想像に、絶望する。
「私は……もう行くよ。もし時間が許すなら、側にいてあげて。」
「……………。」
ハンジはそう言い残して、部屋を出た。
ナナの顔は腫れていた。兵士の力で思い切り殴られたのか。首元には汚ねぇ支配欲を形にしたような跡が、いくつも残されていた。
時折感じたあの嫌な視線は、ビクターだった。
気付いていながら、なぜ俺はなにも行動しなかった?こいつが危ういことはわかっていたのに、自分の目の届くところに置いて安心していた。
ナナの目が俺を映す時間が増えれば増えるほど、本当にこいつが俺のものなんじゃないかと、上官・兵士としてこいつが俺に抱く憧れを、一人の男として向けられているのではないかと錯覚しそうになる。
現にビクターは俺とナナの関係を勘ぐり、それが今回の動機の一つにすらなっている。これ以上専属補佐として側にいるのは、危険かもしれない。
エルヴィンの言う通りだ。
俺はナナのことになると自制が効かない。
いっそ離れてしまえばいいのか。
だがナナは部下として俺の側にいることを望んでいる。
出口の見えない自責の念に取り込まれそうになる。