第107章 肯 ※
「――――っ………ナナ………無事で、良かった―――――――………。」
予想外のエルヴィンの反応に驚く。
いつものように甘い言葉を囁きながら―――――、なし崩し的に抱かれるのかと身構えたのに。まるで怯える子供のように、その大きな身体が微かに震えている。
「――――何度も呼んだの。聞こえたの……?」
「ん………?」
「戻って来てって。エルヴィンとリヴァイ兵士長がいれば、きっとなんとかなるから―――――、早く戻って来てって。」
その時の心境を思い返すと、私は頑張ったかもしれないと少しだけ自分を褒めてあげたくなる。
同時に、その時抑え込んだ恐怖が頭の中に蘇ってくる。
断末魔と咀嚼音、骨が砕かれる音に―――――絶望が迫りくるようなあの無数の足音。
噎せ返る血の匂いと、家屋が粉々になって舞い上がる粉塵の匂い。
人形のように無残に転がるいくつもの遺体と、主もわからない腕や脚。蒸発しない血だまり。
総毛だつような―――――恐怖。
ベッドに入った時と同じように、身体が震える。
エルヴィンはそれに気付いて、包み込むように抱いてくれた。お互いの首筋に顔を埋め合って、その温かさと動脈の血の流れと鼓動を感じて―――――少しずつ、恐怖が溶かされていく。
「―――――聞こえた。確かに、君の声が。」
「―――――うそつき………。」
私がふ、と笑うと、エルヴィンは少し顔を上げた。私の額にこつん、と額を合わせる。
「―――――“心の声”というものを、生まれて初めて信じた。確かに聞こえたんだ。君が俺を呼ぶ声が。」
「………これは愛というものの力かな?」
「――――どうだろうな。俺のお姫様はすぐふらふらするし――――、愛を複数持ってるから。」
辛そうだったエルヴィンの表情が、いつもの意地悪で余裕のある表情に変わって、ホッとした。
「そんな困ったお姫様に逆らえないのは誰?」
「――――俺だ。」
僅かに口角を上げたエルヴィンの唇が重なる。