第106章 危局③
「――――その怪我はなんだ。」
「ああこれ……色々です。壁の破片が飛んで来て、家屋が崩壊した時に擦ったり……巨人と闘ったときに切ったり………。」
「…………。」
ナナはなんでもないようにへらっと笑うが―――――、本当はお前に毛ほどの傷すらつけたくない。
そう思うと、無意識に手がその髪に触れていた。
「リヴァイ兵士長にお怪我は?」
「――――ねぇよ。」
「なら良かったです。お休みのところすみません、御礼を言いたかっただけなので、お怪我がないなら私はこれで。ゆっくり休んでください。」
ナナはぺこりと頭を下げた。その腕を引いて、扉を閉める。
「――――あの……。」
「――――死ぬかと思った。」
「えっ、壁外で何かありましたか?」
「……………。」
「なんで黙るんですか……。」
「お前は察するということが出来ねぇのか。」
「あぁ…………。」
俺の言葉にナナはようやく意味を理解して、ふふ、と小さく笑った。
その笑い声も―――――もう聞けなかったのかもしれないと頭を過った、それが―――――死ぬほど怖かった。
「――――リヴァイ、さん……。」
その鼓動を確かめたい。
抱き締めずにいられない。
ナナの身体を強く強く抱く。
エルヴィンにも文句は言わせねぇ。俺が戻ったことで無事だったのだから―――――この温もりを少しくらい愛でる権利はあるだろうと言ってやろう。
「――――また助けてくれて――――……ありがとう、ございます。」
ナナの首筋と髪の間に顔を埋めると、ナナが俺の髪を遠慮がちに小さく撫でる。
「………。」
「――――あなたはいつも……温かいですね………。」
それからは言葉もなく、ただお互いの鼓動が呼応するように溶けていく感覚に酔う。
ほんの僅かな罪悪感が更に高揚させる。
「――――お前がいつも冷たいからな。」
「――――その言い方は、まるで――――……。」
ナナが切なげにその先を噤んだ。
お互い決して口には出さない。
この関係性を守り切るために。