第106章 危局③
「――――お前の大事にしているエレンとやらがまさか、巨人だったとはな。」
「………はい。」
「これからあいつの処遇について揉めるだろうな。」
「そう、ですね……。」
不安に思ったのだろう、ナナがきゅ、と唇を噛んだ。それを和らげるように頬に手をやり、親指で唇に触れる。
大きな目が、俺を写した。
「エルヴィンがうちで預かるよう掛け合うだろう。心配しなくていい。あいつは必ずそれを達成する。ただ――――」
「はい……。」
「お前には酷だが、あの力が人類にとって驚異となるなら、エレンは俺が殺すことになる。」
「――――はい……。」
ナナはそっと目を伏せて静かに頷いた。
こいつの運命もまた複雑だ。
せめてエレンが信用に足る奴でいてほしい。
今さら人を殺すことになんの躊躇いもないが―――、ナナの家族に近しい大事な人間を手にかけるのはできれば避けたいのが本音だ。その刃が鈍ってしまいそうで――――。
いや、決してそんな情に流されてはならない。
兵士長としての判断を、行動を、全うしなければ。
人類のために、お前とエルヴィンが望んだそれを俺は達成する。そう思うのに、その決意が揺らぐ時はいつだってお前が原因だ。
こんな葛藤をこれからも何度も繰り返すのだろう。
その度に、お前が俺にとってどれほどの存在か思い知る。
「――――リヴァイ、さん?」
「………………。」
抱き締める腕に力を込めた俺に不安を感じたのか、ナナは小さく俺の名を呼んだ。
巨人の力を操れる人間が出てきた。
これからこの局面は大荒れだ。断言できる。
次にナナを抱き締める時、その鼓動を感じられる保証はない。
人類の存亡など全て投げ出して、ただのリヴァイとしてこの温もりだけを守れたら。
いつか夢見たそれを頭で反芻するが、無情な現実は確実に俺たちを巻き込んで、動き出そうとしていた。