第106章 危局③
人類の初めての勝利は、黄色の信煙弾で知らされた。
「残った巨人が来る!壁を上って撤退する!!!」
リコさんの指示が飛ぶ。けれど私たちは、エレンをそのままにして行けない。
「エレンを回収した後離脱します!」
15m級の巨人の項からエレンを引きずり出す。その驚くほどの高熱は、触れるのも躊躇するほどだ。巨人の身体と一体化してなかなか離れないつなぎ目にリコさんが刃を入れて、何とかエレンが解放された。
けれどその背後には――――――2体の巨人がすぐそこでにたりと私たちを見ていた。
「―――――………!」
エレンを抱きとめてくれているアルミンを守るように前に立ちはだかって、刃を向ける。
「エレン、アルミン、ナナ!!!」
ミカサの声がする。
でも―――――心配しないで、ミカサ。
「3………、2………、1………。」
私は安堵して、刃を降ろした。
「―――――よく耐えた、ナナ。」
ほら、やっぱり来てくれる。
いつだってあなたは、どうしてそんなに恰好いいのだろう。
ずっとずっとその背の翼を見ていたい。
私のヒーロー。
調査兵団の誇る、人類最強の兵士。
「――――おかえりなさい、リヴァイ兵士長………。」
彼の足元には当たり前のように崩れ落ちた巨人の亡骸。その蒸気でなびく翼が配されたマントを纏って、彼が振り返る。珍しくほんの少し息が上がっていて、どれほど急いで戻ってくれたのかを物語っていた。
「――――ああ、今戻った。ナナ。」
私を見るその目は、“また厄介なことに巻き込まれやがって”とでも言いたそうだ。
でもどこか優しくて、ここまで堪えていた涙が一粒、流れ落ちてしまった。
リヴァイ兵士長はそのままエレンの巨人化した残骸を見上げて、不機嫌な声で状況を問う。
「おいガキ共………これは……どういう状況だ?」
エレンを含めて、生き残った全兵士の撤退が完了し、あまりに多くの犠牲を払った、あまりに長かった一日が、ようやく終わりを告げた。