第105章 危局②
「リエトが怖い思いをしないように、お母さんは私に頼んだの。『リエトを連れて行って。』って。だから、行こう?」
リエトはぐす、っと涙を零しながら鼻をすすって、私を見た。
「お母さん、あとで……来る?」
リエトのお母さんは辛うじて息がある。
けれど、おびただしい出血が傍から見てもわかる。この場所から連れ出せたとしても、もう助からない。
「――――来るよ。」
私はにっこりと笑った。
「………じゃあ、行く………。」
リエトの小さな手が、私の差し出した手の指先をきゅ、と掴んだ。――――この嘘を、私を、リエトは後々恨むかもしれない。でも――――それでも今、目の前の小さな命を諦めたくはなかった。
「捕まっててね……!!!」
リエトをギュッと片腕で抱きしめて、背後に迫りくる巨人から逃げるようにして建物にアンカーを刺す。
自分の非力さが嫌になる。
いくら子供でも、片腕で抱いて立体機動なんて、僅かな間しか出来そうにない。
「く……っ………長距離は、無理、だ………!」
巨人から少し離れたところで、立体機動をやめてリエトを抱いて走る。私たちを捕らえようとしていた巨人が、目線を地面に移してにやりと顔を歪めたのが見えた。
「―――――っ……!リエト、リエト……っ……ほら、前を向いて、あっちに逃げるよ、いい?」
彼の母親が捕食されるところを見せないように、涙を堪えてリエトに前を向かせる。
「おねぇちゃん、泣いてるの?」
「ううん………、目に砂が、入った……だけ……。」
リエトがぎゅっと、私の首に抱きついた。小さく温かい鼓動が、私を落ち着かせる。が、次の瞬間―――――路地を横切った瞬間、巨人と目があった。