第104章 危局
――――――――――――――――――――――
「―――――――ナナ?」
髪をふっと風が撫でた。
なぜか、ナナに呼ばれた気がして、トロスト区の方角を振り返る。
「――――エルヴィン団長?どうかされましたか?」
私の横を並走していたケイジが問う。
「――――いや……なんでもない………。」
今は余計なことは考えてはいけない。
ナナは今回トロスト区に置いてきた。壁外に一緒に出ているわけではないのだから、心配は少なくてすむ。
人間にさえ気を付けてくれていればいいのだから。
雑念を振り払い、指揮に集中する。
トロスト区から南南東。
ウォール・マリアの敷地内にしては大きなその町は、見るも無残に廃墟と化していて、当たり前のように巨人が闊歩している。その町の大通りを進む。
廃墟の町は、来たるウォール・マリア奪還に必要になる物資の保管場所として拠点とできるよう、調査と拠点の基盤を作って行く。この町にはすでに拠点の基盤となる場所も昨年の壁外調査で設営した。ここは通過し、その更に先の拠点設営予定地を目指す。
しかし、この町でもすでにあちらこちらで戦闘が始まっている。巨人の数は決して少なくはない。だが、遠くで何体かの巨人が私たちが来た方向―――――北に向かって、歩き出しているのを見かけた。
個々がバラバラに動くことはあるが、同じ方向を目指して歩を進めるのは―――――おかしい。
もしかして―――――5年前の悪夢が、再び起きているんじゃないか。
そんな恐ろしい想像が頭を過る。
心が通じ合ったとしても、それが物理的距離を越えて通じるとは思ったことはない。物理的に声や文字が伝達しない中で、意志が伝わるなんてことはあるはずがない。
だが、確かに感じたんだ。
―――――ナナが、俺を呼んだ。