第103章 850年
エレンが私の方に振り返った。
「――――心臓、止まるかと思った。」
「え?」
「何やってんだよ、ナナ……!」
「何って……遺品を避難所に届けに来て、それで――――……。」
「兵士のくせに、あんなクソ野郎に狙われてることも気付かなかったのか。」
「う………。いや、一応気付いては、いたよ……。」
注意力がないと言われているようだ………。だけど……エレンに怒られるなんて新鮮だ。今まで私がエレンを諭すことはあっても、まさか怒られることなんてなかったから。
「――――気を付けろよ。ナナは、綺麗なんだから。」
「えっ。」
「それに危なっかしい。」
「……エレンに言われるとは思わなかった。」
ふふ、と笑うと、エレンは少し照れたように目線を下げた。
そして何かに気付いたように、ハッとしてまた顔を上げた。
「――――もしかして明日の調査兵団の壁外調査、ナナも行くのか……?!」
「ううん、私は今回はお留守番なの。」
「そっか……良かった。」
「行きたかったんだけどね。」
「ナナが戦えるわけない。」
「ひどい。一応訓練もしてるよ。」
「こんな小さくて細いのに。」
エレンの手が私の腕をぐっと掴む。その力強さは、今にも身体ごと引き寄せられてしまいそうで、思わずその手を制した。
「――――調査兵団に入ったら、私は上官だね。」
「…………そうだな。」
「……さて、私はもう帰るね。ありがとう、助けてくれて。」
「送ってく。」
「……心配性だね、エレンは。昔と逆になっちゃった。」
「子どもじゃねぇよ、もう。」
ふいっと拗ねたようにして私の前を歩きだすエレンの大きくなった背中を感慨深く見つめながら、宿舎までの道を歩いた。