第100章 楔 ※
「――――団長の俺なら、どんなに議会で上から嫌味を言われても、夜会で貴族に突っかかってこられても、なんのこともなく対処できるのにな。本当の俺は、我儘で融通の利かない、強欲なただの子どもだ。」
「――――そんな自分を――――、エルヴィンは、知りたく、無かった……?」
ナナが小さく俺に問う。
エルヴィン・スミスという本来の俺を君が見つけなければ、こんなに惨めに、苦しまずに済んだのか。
それは君に、ナナに出会わなければ良かったのかというのと同義だ。
それは違う。
出会わなければ良かったなんて、思わない。
「――――いや………非常に厄介で苦しいが――――、悪くはない心地だ。―――――不思議だな。」
ふっと笑みを零すとナナが溢れ出る涙を我慢できない様子で顔をぐしゃぐしゃにしながら、俺を押し倒すほどの勢いで首に抱きついて来た。
床に2人座り込んで、ナナが俺に跨るようにギュッとその身体を合わせてくる。
「………っ……なんだ、ナナ……。」
「また私は――――、大好きな、愛してる人を―――――、ただ傷付けた、だけなのかって――――……思った――――……。」
「――――………。」
「――――エルヴィンが、悪くない心地だって、言ってくれて、良かった………。」
噛み切られた唇。
引きちぎられたシャツの隙間から鬱血したいくつもの痕が覗いて、目を真っ赤に腫らして、無理矢理貫かれた――――身体もきっと辛いはずだ。
そんなナナが両手で俺の頬を包んで、切なく目を細める。
「――――私を飼いたいなら、いいよ。」
「…………。」
「エルヴィンなら、いいよ。」