第99章 陽炎
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滅茶苦茶だな。
犯してやると言われている男に対して、抱きしめたい?ムラムラしたら我慢しろだと?こいつはこいつでアリシアとは違うぶっ飛び具合だ。
ただ応じてしまったのは、ナナの変化を感じたからだ。“自分なんていなくなっていい”“消えてしまいたい”いつかはそんな事を言っていたナナが、少しだけ強くなった。机の上に座り込む恰好のナナに向かって両手を広げると、とてもとても嬉しそうに、けれどどこか切なそうに笑って――――、ナナも俺に両手を伸ばす。
その胸に埋まるようにして身体を預けると、ナナの腕が宝物でも抱えるように優しく、温かく俺を包む。
俺の脳裏に鮮明に焼き付けたナナの匂いと体温、鼓動が変わりなくそこにあって―――――、乾いた俺の中を潤していく。
守りたい、守ってやらなきゃいけないものだと思っていた。
それが、ずいぶんと強くたくましい女になったもんだ。
だからエルヴィンの心も溶かしたのだろう。女神が戦士を癒す絵を、王宮だったか?かつてどこかで見たことがあった。傍から見ればまさに今の状態はそれだなと思うと、ふっと笑みが零れる。だからナナに惹かれるんだ。
あの頃の俺のエイルはすっかり成長して、癒しの女神へと成長を遂げた。
「――――悪くねぇ。お前に抱かれるのは。」
「そうですか……?私もとても―――――、嬉しい、です。」
「――――俺に隙あらば寝盗られたくなければ、せいぜい俺を癒せよ。」
「ふふ………難しいですが、わかりました。」
その時、扉が鳴った。こんな時間に―――――訪ねて来るのは、あいつしかいない。