第99章 陽炎
「――――リヴァイ。私だ。」
ナナは意外にも、怯えた顔を見せなかった。
ただそっと俺を包む腕を離した。
動揺を見せないその様子から、普通に接して良いということだと認識し、俺は扉へ向かって歩みを進めてその鍵を開けた。
その扉の向こうに見えたいけすかねぇ野郎も動揺はしていなかった。
まるで最初から、ナナがここにいて――――俺と何をしているのかを分かっていたように。
「―――遅くにすまない。」
「いや。」
動揺は見せないが、エルヴィンの目に蒼い炎がちらつく。
「――――ナナを、返してもらおう。」
「――――嫌だと言ったら?」
「力づくで連れて帰る。――――ナナ。」
エルヴィンが低い声でナナを呼ぶと、資料が散乱した机の上に座ったままエルヴィンに背を向けていたナナが、ゆっくりと振り返った。
「来い。」
「――――はい。」
ナナは机からとん、と降りると、当たり前のようにエルヴィンの元に歩を進めた。
怯えるでもなく、罪悪感に苛まれるでもなく、何もない、ただただ言われるがままに。
エルヴィンが大きく扉を開けると、その腕の中に戻るようにナナは部屋を出た。
扉が閉まるその直前に――――――ほんの少しの“離れがたい”という目線を残して。