第99章 陽炎
「誰がそうさしてんだ。思い上がるなよナナ。」
「………はい。」
「お前はただのいち兵士だ。エルヴィンの命令があって守った。それだけだ。」
「………はい。」
リヴァイ兵士長が右手を私の手首から離して、私の首に添えた。ぐ、と力が込められ、その顔が昏さを増して近づいてくる。
「めんどくせぇ女で、いつも問題ばっかり起しやがる。」
「………申し訳、ありません……。」
「エルヴィンを愛してると言う唇と、エルヴィンに抱かれた身体で―――――俺を惑わす悪い女だ。」
「――――………。」
ぐぐ、と指に力が籠る。
熱に浮かされたような、頭が鬱血する感覚。
「――――アリシアを抱かなかったのは―――――、他の女を抱けねぇのは、お前をまだ愛してるからじゃない―――――………。」
「――――………。」
「どうやら俺を埋められるのは、お前しかいないらしい―――――。それだけだ。お前を埋められるのは―――――俺じゃねぇのにな―――――………。」
至近距離で久しぶりに覗くその黒い瞳は、いつになく闇が深い。
首元を締めつけていた手は緩められて、輪郭を捕らえられたかと思うと、強引に唇を奪われる。
「――――ん………っ…。」
唇の端を噛み切られて、血の味が微かに滲む。荒げた息の後に、切ない声色でそれを漏らした。
「――――犯してやりてぇ、ぐちゃぐちゃに。嫌だと、やめてと泣いてエルヴィンを呼べよ。お前を愛してやまないあいつを。お前はその腕に飛び込んで、そして二人仲良く末永く――――幸せに暮らすんだろう?」
――――俺がいなくても、とでも言いたそうに、自嘲したような微かな笑みを零すリヴァイ兵士長を、解放された左手でぎゅっと抱き寄せる。
私がこうすることは罪でしかない。
誰にも許されないし理解されない。
エルヴィンになんて言えばいい。
――――それでも、その手を伸ばしてしまう。
リヴァイさんが、泣いてしまうんじゃないかと、そう思ったから。