第99章 陽炎
「――――ちょっとだけ、怖かった。」
「――――なにか、されたのか。」
上手く利用しろと言ったのは自分だが、いざナナの怯えた声を聞くと、冷たい感情が沸き起こる。
「――――ううん。あの人は根っからの紳士だから。気持ちが向いていない女性を力づくで無理矢理、なんてことは絶対しないと思う。ただ―――――、自分のものになるしかないように、あらゆる策を講じる人では、ある……。それが………エルヴィンに似ててちょっと怖い。」
「俺に?」
「そう。頭のキレ方とか――――そつのない振る舞い方とか。」
「俺のことも怖いのか?」
「怖いよ?」
「……………。」
「だってまんまと思惑通りにこうして腕の中に収まってる自分がいて……。思い返すと、すっごくすっごく前からこうなる算段をしていたんだろうって気付いた。だから―――――怖い。」
「―――それだけ欲しかったんだ、ナナ。君のことが、どうしても。」
「………すっごい口説き文句。ダミアンさんも、さらっと赤面するようなことを言うの。」
ナナは困ったように眉を下げて、ふっと息を吐いた。
「例えばどんな?」
「―――『その瞳に僕が映っている、この一瞬だけでも幸せだ。』とか。」
「ほう。」
「『毎日その美しい髪に触れて、君が望むなら毎日跪いてその足にキスをしよう。』とか。」
ナナが思い出しながら顔を赤くして、俺の胸に顔を埋めた。
「よく覚えてるな。まんざらでもなかったのか?」
「――――気恥ずかしすぎて、どんな顔していいかわからなかったの!!!」
「――――………。」
「貴族ってすごい。」
「感心すべきところはそこなのか?」
ナナの導き出した着地点がまたとんちんかんで、ふっと笑いが込み上げる。
ナナの背中をシーツに横たえて見下ろしながらその足をとる。