第95章 暗夜
「――――初めまして、エルヴィン・スミスと申します。ナナさんからお噂はかねがね。ナナさんの父上の朋友であり、故人が築かれたものの今後の行末を見守って下さる大切な方だと。」
「こちらこそ。ギード・ボルツマンです。以後宜しく。ふふ……見守るどころか、しっかり守れと言わんばかりに任せられて戸惑っているがね。」
ボルツマンさんが私をちらりと意地悪い目で見た。
「――――その経験と知見と父が築いたあなたとの信頼関係に、甘えさせてください。」
「――――ナナの立ち回りのうまさは父親譲りだな。」
ボルツマンさんが母への嫌味と少しの意地悪さを含んで、言った。
「………そうかもしれないです。」
「――――そして――――人を救うという確固たる意志は、母親譲りだ。」
「――――はい…!」
母のことを認め始めてくれていることが嬉しかった。きっとこれから私たちとボルツマンさんは、良い関係でいられるのだろう。お父様が築いてきた友との絆が、私たち家族を救ってくれている。
私たちのやりとりを、エルヴィン団長は微笑んで聞いていた。その後も相変わらずそつなく、でも着実にあらゆる人物と会話を弾ませて人脈を作っていく。
特に商家の人々からのエルヴィン団長への人望は厚い。
だがそれを面白くないのは、階級体質の真ん中にいる貴族だ。貴族の中でもこの現状の王都の仕組の脆弱さに危機感を持っているのであろう家は、調査兵団に投資を惜しまない。
この状況を――――根っからの、“生まれた時から偉い”王都の中心にいる貴族たちは相当に面白くないだろう。ましてや―――――本当にウォール・マリアを取り返されでもしたら、投資をしていた商家と一部の貴族が大きな冨を手にして自分たちを脅かす。
王都の中でも壁外へ可能性を求める派と保守派の二極にわかれてきている印象だ。
そして―――――エルヴィン団長や私を排除して調査兵団の力を捥ぎたいのは、間違いなく保守派。
中央憲兵を使ってか、使わずか、誰に、どのタイミングでなにを仕掛けてくるのかはわからない。私は小さく身震いした。
――――でも大丈夫。
エルヴィン団長とリヴァイ兵士長が揃っている状況は、私に最も勇気をくれる。