第94章 寒慄
「――――ナナは残酷な女だな。」
「は……今に始まったことじゃねぇ。もう振り回されるのにも慣れた。」
「だが――――、断言できる。ナナは間違いなくエルヴィンもリヴァイ、お前のことも同じく本気で愛しているんだ。――――初めて嗅ぐ、不思議な匂いだ。」
「――――知ってる。」
「愛情の出どころも種類も、全く違うように見える。」
「――――あいつの俺に対する愛情は、おそらく刷り込みみたいなもんだ。初めて庇護してくれる対象を見つけたのが俺で、初めて抱いたのが俺だから特別だと思い込んでる。」
「――――お前はどうなんだ?」
「―――………俺があいつに抱く感情とあいつが俺に抱く感情は違う。おそらくエルヴィンとナナはそれが双方合致してる。だから離れない、引き裂けない。俺はそれを見届けるだけだ。それが俺の―――――調査兵団を守り強くすることの次に課せられた――――俺の生きる意味だ。」
「……珍しくよく喋るじゃないか。」
「うるせぇよ。お前の妙な計らいで、整いかけてたものが総崩れで今ごちゃごちゃしてんだ。責任を持って聞きやがれ。」
「それは悪い。気が済むまで聞こう。――――そう思って……。」
ミケはゴソゴソとウイスキーを一瓶取り出した。
「持って来た。」
「――――話のわかる奴だ。ちょうど今夜は寝つけにくそうだからな。付き合えよ。」
「ああ。」
寒空の下、ミケと肩を並べて盃を交わす。
琥珀色の液体を月明かりが射して―――――ゆらゆらと魅惑的な光を放っていた。
ミケと差しで飲むのは初めてだが―――――悪くない、それは酒のせいか月のせいか、はたまたこの煩わしい複雑な心情のせいか―――――。
そう思いながら、静かに酒を流し込んだ。