第94章 寒慄
「――――嫌だ。嫌、嫌だ………。」
小さく蹲って、どこにも漏れないように小さく呟く。
触れないで欲しい。
抱かないで欲しい。
愛さないで欲しい。
そんなことを言える立場じゃない。
私は何もしてあげられないのに。
彼にどうしろと。彼をどうしたいの。
彼の幸せを願えない私は――――――相当に、罪深い。
まるで色んな色が混ざりに混ざって、泥のような闇のような色に変わって行ってしまうように、せっかく気持ちを整理して、ようやく割り切って敬愛と名前を付けたそれさえも、また濁ってしまう。
「――――大丈夫、大丈夫。私はまたいなくなる。離れるから。もう乱さないって決めた。絶対に。」
固い決意で自分を奮い立たせて、頭をもたげた嫉妬や愛情を押し殺した。
「――――私は、エルヴィンを愛してる。彼と生きる。ずっと。――――だからアリシアもペトラも、兵士長が誰を愛しても―――――私には関係ない。」
そう言葉にして、星を見上げて―――――、月を見上げる。闇夜に惹かれて取り込まれてはいけない。私が還るのはいつもあの月のように、その煌々とした裏には深い闇を抱えているあの人の元だ。
会わなくちゃ。
ううん、会いたい。
私が宵闇に惑わないように、光を射してくれるあの人に。
足早に屋上を後にして、団長室に向かった。