第94章 寒慄
「――――もう遅いな、そろそろお開きにもなる。ナナも疲れただろう、ゆっくり休めよ。」
「……はい。」
「行くぞ、ナナバ。」
「えっ、あ、うん。」
ミケさんに半ば強引に連れられて、ナナバさんも去っていった。
屋上に向かおうとした時、誰も使わない物置部屋の陰から、話声が聞こえる。
なんだか言い争っているような不穏な空気で、そっと近づいてみる。
「――――なんですか話って。」
「――――兵長を困らせるのはやめてって言ってるの。」
――――アリシアと、ペトラだ。なぜか心臓がドキドキして、聞き耳を立ててしまう。
立ち聞きなんて良くないってわかってるのに。
私はうるさいほどの心臓を抑えながら、その会話に耳を傾ける。
「困らせてなんてないですけど。」
「今日もおかしなこと言ってたでしょ…っ……。」
ペトラが一生懸命に訴えても、アリシアは全く意に介さない様子の声で返している。
「――――おかしなことってなに?」
「―――抱いてくれないなら死ぬ、とか……!」
「あはは、みんなの憧れの先輩のペトラさんって、盗み聞きが趣味なんだ。――――へぇ、尊敬しちゃうな。」
「ごまかさないで!!兵長は……重責を担う立場なのに――――変なことで惑わさないでって言ってるの!」
「――――本音を言ったらどうですか?『私も抱かれたいのに、直接言えないからあんたが疎ましい。ナナさんがいなくなって、やっとだと思ったら―――――こんな新兵がしゃしゃり出てきて、うっとおしい』って。」
「―――――………!」
アリシアの容赦ない言葉にペトラが気圧される。
言い返せないのは、若干の肯定の意を示している。
――――ペトラがリヴァイ兵士長を好きなのは、知ってた……けど………、やはりここまで生生しく聞くと少し胸が苦しくなる。