第92章 一時帰団
「―――――邪魔。」
「――――………。」
それはおかしい。兵舎内を走ってはいけないのも規則だし、私は真ん中を歩いていたわけじゃなく、ちゃんと端に寄っていたのにぶつかってきたのは、そっちじゃないか。
「おかしいですねそれは。あなたがぶつかってきたと認識しましたが違いますか?」
「そうだよ。階段から落ちて頭でも打ってくれたら良かったのに。」
私と同じくらいの長さの、同じくらいのウェーブがかかった金色の髪をくるくると指先で遊ばせながら、その子は言った。
「――――聞き捨てならない言葉ですよ、今のは。故意に傷付けようとしたのなら、規則に大きく反します。」
「――――あなたに規則を語られたくない。涼しい顔して兵長や団長の部屋でヤりまくってたあんたに。公私混同は規則違反じゃないわけ?」
「――――エルヴィン団長やリヴァイ兵士長を貶めるような言い方は許さない。」
こういうのにももう慣れた。
リンファがいつも、こういった突っかかりを気にしてくれていたけど今はもう彼女はいない。強く、自分でどうにかするんだ。
「―――ああ、私に歯向かわない方がいいよ?」
「………どういうこと……?」
「私知ってるから。―――――あなたの秘密。」
「―――――…………。」
動揺しない。
顔に出さない。
動揺したらそれは、私が重大な秘密を持っていると肯定していることになる。
彼女の言葉にはエルヴィン団長よりも“兵長”が先に出て来たから、彼女がリヴァイ兵士長を想っていて――――私を疎ましく想っている可能性が高いと目星はすぐについた。
「――――ふふ。」
「――――……なに、何がおかしいのよ。」
「秘密って何かなって。――――リヴァイ兵士長に愛される秘密とかかな。」
くす、と嫌な笑いを見せてみると、その子はカッとなったように憎しみを全面に出した顔で、つかつかと私の方へ歩いて来た。
――――当たりだ。
リヴァイ兵士長のことが、好きなんだ。
――――でもなんだろう、アウラさんの時よりももっと幼くて、感情の振れ幅が大きくて、厄介な感じだ。正直、リヴァイ兵士長が一緒にいて幸せになれるような女性には、到底見えない。