第88章 自涜 ※
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初の壁外調査は、なんとか生きて帰ることができた。
疲れた体を引きずって自室に戻ると、いつまで経っても同室のイルゼさんは戻って来なかった。
ふらふらと食堂へ向かう途中の掲示板に張り出された殉職者リストに、イルゼ・ラングナーという名前を見つけた時、心臓が握りつぶされるのかと思う衝撃を受けた。
――――死んだの。イルゼさん。
「――――私が兵長を手に入れて悔しがるところ、見たかったのに。」
ぼそりと呟いたその言葉は本心か、強がりかは自分でもわからなかった。
食事を食べる気にもならなくて、1人自室に戻って呆然としていた。
なんだこの感じ。
死がこんなにも近くにある、次こそはお前の番だとでも言われているようで、途端に怖くなった。
死んでも誰も悲しまない、死んだっていいと思っていたけど、実際に目の前で人間が断末魔を発して死んで、そして同室の知人も死んだとなると―――――、一気に現実に起こりうるものなんだと実感したから。
死ぬのは、怖い。怖いことなんだ。
「――――誰か、誰か私を埋めて……誰でもいいから、誰か――――――。」
生きている事を実感したくて、生身の身体を求める。
誰でもいい、そこらの男を捕まえて――――そう、ちょうどこの部屋にはもうイルゼさんは帰って来ない。
そう思った時に、ドアが鳴った。
返事をする前にせっかちに開かれた扉の向こうに、焦がれたその人がいた。
「――――イルゼ・ラングナーの部屋はここか。」
「………兵長………。」
「おい、イルゼと同室だな?アリシア。」
「……はい。」
心臓がうるさいぐらいに跳ね上がる。その声で私の名前を呼んでくれた。
「そう、です………。」
「イルゼが殉職した。部屋の遺品整理をお前に任せる。明日中にまとめて、遺族に届ける必要がありそうなものがあれば報告しろ。外出許可を出すから届けに行け。」
「――――………。」